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EYEO 2016 · Ben Fry

理解をつくる道具を、どうつくるか — Ben Fryの教育・反復・デザイン

最初の図を描いたところから、デザインは始まる。授業とFathomの制作事例を通して、理解を深める反復と、それを支える道具・チームを考える。

登壇者
Ben Fry
開催年
2016
講演原題
Teaching, Tools, and the Trade
記事更新
2026.10.17

データを画面に描くことと、そのデータを人が理解できることのあいだには、距離がある。複雑なデータから印象的な像が生まれても、伝えるべきことが伝わるとは限らない。Ben Fryの2016年の講演は、その距離を埋める仕事を、教育、道具、スタジオの実践という三つの方向から捉えている。

Processingを共同で始めたFryが、ここで示すのは特定の道具の万能さではない。授業で道具を選び直し、顧客と何度も試作を重ね、異なる技能を持つ人と働く。その過程に一貫しているのは、考え続けるための条件を整える姿勢である。

時計から始め、データの問いへ進む

02:32からの講演を見る

講演の出発点は、MITで担当した情報デザインの授業だ。最初の課題は時計をつくること。時間というデータは、時・分・秒などの範囲が明確で、扱う数値を別の表現へ対応させる基本を学びやすい。分を表す数値を線の角度や円の大きさへ変えるだけでも、情報と形の関係を考えられる。

学生は時計を一つだけ完成させるのではなく、複数の案をつくり、スケッチから表現を発展させていく。反復は後から付け足す工程ではなく、最初の課題から組み込まれている。初めて動いたプログラムへの達成感を、別の表現を探す行為につなげるためだ。

次の題材は天気だった。天気には時系列も地域差もあり、具体的な図から抽象的な表現まで試せる。さらに携帯電話で見る形にすることで、画面の置かれる状況まで考える。ブラウザ上のデモとして成立するものが、外出中の短い確認にも向くとは限らない。

ところが国勢調査のデータへ進むと、授業は難しさに直面する。Fryはそれを隠さずに語る。単純な入力と出力の関係から、自分で問いを立ててデータを選ぶ段階へ進むと、必要になる判断が増える。最終課題では多様な成果が生まれたが、その途中のつまずきこそ、教育と道具の関係を考えるきっかけになった。

道具は、反復を支えられるか

03:49からの講演を見る

授業ではProcessing、D3、p5.jsなどを検討し、最終的にp5.jsを選んだ。Processingは視覚表現を始めやすくするが、すぐ使える各種チャートが揃うことを約束するライブラリではない。この区別をしないまま使うと、道具への期待と実際の役割がずれてしまう。

Fryが重視したのは、学生がデータから画面上の像へ早く到達し、その後でデザインを変えられることだった。同時に、つくったものをオンラインで共有できることも大切だった。p5.jsの選択には、コードを学ぶ負担との引き換えに、配布と共有を容易にするという判断がある。

道具の評価は、初回の出力にかかる時間だけでは終わらない。別案を捨てずに試せるか、つくったものを壊してやり直せるか、思いがけない発見に合わせて方向を変えられるか。講演で語られる道具の良さは、そうした制作の継続に関わっている。

Processingを始めた動機についても、Fryは学生が構文や環境の扱いに苦労する様子を挙げる。デザインの考え方を探る前に、別の障害へ力を使ってしまう。その状況への不満が道具づくりにつながった。授業の経験が道具を変え、道具が次の制作や学習を可能にする循環がある。

最初の像を、完成品にしない

09:31からの講演を見る

Fryはデータを理解する仕事にとって、デザインを譲れない要素として位置づける。ここでのデザインは、目を引く表現を仕上げることに限らない。データと人のあいだに立ち、何をどのように理解できるようにするかを考えることだ。

その説明の中で、女性と少女をめぐる状況を扱うNo Ceilingsのプロジェクトにも触れる。個々の図が単純でも、それらの関係や全体の構成によって理解を支えられる。珍しいチャートを採用することだけが、情報デザインの価値になるわけではない。

複雑なデータは、それだけで複雑そうな像を生みやすい。透明度を重ねたり、多数の線を描いたりすれば、何か大きなことが起きている印象は得られる。しかし、その像が伝えることを絞り、見る人に届く形へ変えていくには、さらに仕事が必要になる。

だから、最初に画面へ出せた像は結論ではなく、データとの対話の始まりになる。つくりながら理解が変われば、適切な表現も変わる。反復できる道具が重要なのは、見た目の調整を速くするためだけでなく、理解の変化を制作に戻せるからだ。

athenahealthで辿る、試作の道筋

12:48からの講演を見る

この考え方を具体的に示すのが、医療サービス企業athenahealthのネットワークを可視化した事例である。患者や医療機関、保険などに関する出来事がつながるシステムを、どう捉えられる形にするか。Fryは完成形に至るまでの案を、順に紹介する。

初期案では、平日と週末で活動量が変わる周期性に注目し、心拍の比喩を試した。その後、顧客から示された図や、背骨という別の比喩を手がかりに、出来事の種類を経路上に並べる方向へ進む。ところが、多くのデータを流した試作が、情報の多さそのものを見せる像として顧客の関心を引いた。

ここで課題になるのは、「たくさん起きている」という印象をどう構造へ変えるかだった。球面へ出来事を配置する案、線を曲げる案、三次元空間へ移す案などを試す。派手な像になっても、その中で何を見ればよいのか分からなければ、目的には届かない。

最終的には二次元へ戻り、出来事の種類を配置するための道具自体をつくった。色分けされた部分と、そこを移動する点を組み合わせ、システム内の活動の流れを辿れるようにする。時間帯による違いも重ねることで、全体の動きに具体的な区切りが生まれる。

完成像だけを見ると、この形式が最初から選ばれていたように感じるかもしれない。講演が見せるのは、比喩も次元も配置も揺れ動いた過程だ。Fathomの公式事例紹介でも、複雑さを圧倒的にしすぎず伝えることや、ロビーでの鑑賞・探索に適した作品にすることが課題として挙げられている。

判断の基準は、読者と状況にある

16:41からの講演を見る

Fryは、形と機能、美しさと実用性という対立だけで評価を進めることに疑問を示す。必要なのは、誰が、どこで、何のために使うかという基準だ。同じデータでも、分析に集中する専門家と、設置空間で全体像を見る人とでは、適切な情報量や仕上げが異なる。

athenahealthの作品も、個別の記録を精査する分析画面として説明されてはいない。ネットワークの存在や動きを、具体的に感じられるようにする目的がある。その目的を踏まえると、表現の印象と構造の理解の両方を整える必要が見えてくる。

質疑では、制作途中の粗い状態と顧客の信頼の関係にも話が及ぶ。Fryは、長い間試作と発見を繰り返し、終盤で見た目が整う制作には、説明しづらさがあると認める。進捗が外見だけでは分からないことに、簡単な解決策を示してはいない。

この状況で助けになるのが、次の打ち合わせまでに複数の案をつくれる反復の速さだという。しかし、つくる側にとって時間のかかることと、見る側が時間のかかる仕事だと感じることも、必ずしも一致しない。複雑な処理を経てようやく構造が見えた段階が、外からは未完成な画面としてしか伝わらないこともある。Fryはその食い違いを、制作上の現実的な難しさとして話す。

質疑では、研究の場での仕上げ方にも触れる。科学者と働く中で、完成度を高めた見た目が、かえって不信につながる場合があったという。企業のサイトでは粗い外観が信頼を損なうこともあり、同じ見た目の変化が正反対に働く。これも、仕上げを一律の尺度で増減するのでなく、受け取る人と場の慣習を理解する必要を示している。

好奇心を、チームの働き方へつなぐ

23:06からの講演を見る

講演後半では、スタジオをどう育てるかという話になる。Fryは一緒に働く人に求める性質として、好奇心、自発性、謙虚さ、周囲との関わりを挙げ、それらがつながっていると考える。気になることがあれば自分から動き、取り組むほど自分の限界を知り、他の人の力が必要になる。

質疑では、デザイナーが開発を学び、開発者がデザインやタイポグラフィを学ぶ内部の授業にも触れる。技能を完全に同じにするのではなく、互いの仕事を理解し、学習を続けられる環境をつくるという実践だ。

さらに終盤、先に決めた筋書きをデータで裏づける依頼と、データを使って問いを探る依頼を区別する。後者なら、制作中に見つかったことを依頼者と継続的に話し合える。可視化の仕事は、チャート形式を決める以前の、材料を読み、問いと説明を編集する時間を含んでいる。

道具を改良する時間と、道具で作品をつくる時間の配分も、質問として取り上げられる。FryはProcessingの初期を振り返り、その釣り合いが簡単ではなかったと答える。自分の研究を進めるための道具に手を入れるうちに、道具の仕事が膨らむ。自動化や改善は制作を助けるが、同時に新しい制作そのものにもなってしまう。

そこで彼は、退屈な手作業に対して、より面白い問題を解く改善にどの程度の時間を使うかという、個人的な目安を述べる。万能の見積もり手法を示す話ではない。道具の改善を無条件に正当化せず、いまの制作と将来の使いやすさの双方を見ながら、時間を配分する判断として読むことができる。

制作へ持ち帰るための視点

ここからは編集上の考察です。 この講演を自分の制作に引き寄せるなら、道具を選ぶときに「最初に描けるもの」と「その後に考え直せること」を分けて確かめたい。簡単に出力できても、別の問いを試すたびに大きな手戻りが生じるなら、反復を支える環境とは言いにくい。

試作の共有では、画像に加えて、その案が何を確かめるためのものかを伝えることも役に立つだろう。athenahealthの過程から読み取れるのは、すべての案を磨く必要より、理解に必要な問いを次の案へ持ち越す大切さである。

教育、ツール開発、チームづくりは、それぞれ独立した課題に見える。Fryの話では、どれも人が考え、つくり、学び続ける条件に結びつく。自分がいま使う道具や組織が、どの種類の試行錯誤を可能にしているのか。その問いから、制作環境の見直しを始められる。

出典・関連資料

この記事は非公式の解説です。講演の全文翻訳ではありません。映像と音声で伝えられる作品の表現も、元動画でぜひご覧ください。