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EYEO 2018 · Amanda Cox

同じ図から、なぜ違うものが見えるのか — Amanda Coxが考える読者と可視化

図は、同じ情報を同じ意味で届けるとは限らない。錯視、選挙報道、税制の図を手がかりに、つくり手と読者の知識の差を考え直す。

登壇者
Amanda Cox
開催年
2018
講演原題
THE IMAGES ARE THE SAME
記事更新
2026.10.17

同じ長さの線が、違う長さに見える。事実を知った後でも、その見え方は簡単には変わらない。Amanda Coxは2018年のEyeoで、そんな錯視の問いから始める。そして、その不思議さをニュースの図、読者の期待、つくり手自身の慣れへとつないでいく。

題名は「The Images Are the Same」。同じ画面を見せれば、同じものが伝わるのか。図の情報は正しくても、そこから何を読み取るかは、人によって変わる。講演当時The New York TimesのThe Upshotを率いていたCoxは、報道の具体例を使いながら、その隔たりを考える。

線の外側も、見え方に入ってくる

01:18からの講演を見る

最初に取り上げるのは、線の端の矢羽の向きなどによって長さが違って見える、ミュラー・リヤー錯視だ。Coxはよく知られた一つの図だけでなく、形の配置を変えた例も見せる。同じ形の一部分が隠れたり、周りの空間が変わったりすると、全体の印象も変わる。

そこでの関心は、錯視にだまされない方法を教えることだけではない。対象の周りにあるものまで含めて、自分が見え方をつくっていると気づくことにある。線分だけを測れば同じでも、人の経験は、その線分だけで完結していない。

Coxはこの話を、もう少し広い意味へ動かす。人は、どこから来て、何を経験し、何を期待しているかによっても、同じものの中に違う意味を見る。幾何学的な錯視がそのまま政治的な解釈を説明するわけではないが、講演全体を辿るための比喩になっている。

また、錯視の研究の説明を紹介するときにも、仮説について議論が続いていることに触れる。見え方が変わる事実と、それがなぜ起こるかという説明は分ける。図を見て面白いと感じたことから、簡単に一つの原因へ飛びつかない態度がある。

真実の一部分から、違う物語が生まれる

05:03からの講演を見る

雇用統計の例では、同じ状況を異なる政治的な立場の眼鏡で読む構成を紹介する。雇用が増え続けた期間や、失業率が下がった幅に注目することもできる。一方で、失業率が高かった期間や、人口の増加に追いつくために必要な雇用数へ目を向けることもできる。

ここでCoxが面白いと感じるのは、片方が嘘をついている必要はないことだ。それぞれの指摘が正しくても、どの比較を重く見るかで、受け取る印象は大きく変わる。データを間違えないことだけでは、解釈の違いはなくならない。

08:51からの講演を見る

世代をまたぐ経済的な移動を扱った報道では、育った家庭の所得が近くても、その後の人生に違いが現れる様子を描いた。別の図で刑事司法に関わる数値を示すと、読者は、それぞれが元から持っていた社会の見方に沿って、異なる説明をしたという。

重要なのは、図にある数値と、その原因についての判断を区別することだ。Coxは、読者が違う結論を持ち出したからといって、それらが等しく証明されたとは言わない。同じ情報が別の主張に使われること自体を、つくり手が意識しなければならない問題として紹介する。

本記事も、この例から特定の集団の性質を推測したり、数値の差だけで原因を確定したりはしない。講演の論点は、読者が図へ持ち込む前提と、図が実際に示している範囲との関係にある。

予測を見せることは、感情にも関わる

11:25からの講演を見る

2016年のアメリカ大統領選挙では、開票結果そのものを繰り返すだけでなく、途中までに分かった情報と過去の知識から、最終的な結果をどう見込むかを示した。Coxは、その図を嫌う人と、喜んで繰り返し見る人がいたことを話す。

同じ動きでも、自分の期待する結果へ近づくかどうかによって、画面の経験が変わる。予測は、結果についての情報であると同時に、見る人の希望や不安に触れる表現でもある。精度や更新の速さだけで、経験全体を説明することはできない。

講演は、新聞社が建物の光で選挙結果を伝えていた過去の例へ進む。色や光の動きに意味を割り当て、結果や進捗を知らせる仕組みだ。扱う情報を増やすと、信号を読む規則も複雑になる。現在の画面とは違う媒体でも、情報を増やすことと、理解しやすさの緊張がある。

Coxは当時、光を使う新たな表現にも関心を持っていたが、勝敗によって誰かを傷つけるものにならないか悩んでいると語る。完成した解決を発表するのではなく、表現がどんな経験を生むかという、未解決の問いを会場へ差し出している。

一度分かったことは、忘れにくい

18:04からの講演を見る

意味が取れなかった音も、何と言っているのかを一度知ると、同じようには聞けなくなる。Coxは音の例を使って、自分の知識が、見たり聞いたりする経験を変えることを示す。新しい読者に何が伝わるかを、自分の経験だけから見積もる難しさにつながる。

ある図を長く調べた人は、その模様に意味を見いだせる。けれど、その模様がなぜ面白いのかを知らない人が、同じ箇所へ注目するとは限らない。作家にとっての明白さは、制作中に得た知識が支えている可能性がある。

講演では、図へ特定の物語を与える実験も紹介される。何を重要だと教えられたかによって、人は自分が注目した部分を、初めて見る人も重視すると思いがちになるという話だ。これは、情報を追加しない図が中立だと安心する前に、作者側の理解の蓄積も点検する必要を示している。

作成者は、データを集め、意味を調べ、案をつくり直している。読者は、その長い時間を経ずに最初の画面を見る。双方の出発点の違いを、完成した図の中でどう埋めるかが課題になる。

自分には美しい模様が、読者には難しい

20:25からの講演を見る

税制の変更を扱う図では、個人ごとの税額の変化などを大量の点で表した。Coxには、その中の縞模様が、制度の働きを示すものとして美しく見えていた。法案の内容が変わると模様も変わる。その対応が、データ可視化の魅力だと感じていた。

しかし同僚からは、何を意味するか読者には分からないのではないかと指摘される。模様を生む規則まで知っている作者と、点が並ぶ画面を初めて見る人のあいだには、理解の差がある。内容を丁寧につくったことが、そのまま伝わりやすさにはならない。

この事例を、難しい図は使わない方がよいという教訓にしてしまうのは早い。Cox自身もその結論を拒む。手の込んだ図でなければ分からない構造もあり、時間をかけて読むこと自体にも価値がある。必要なのは、複雑さを隠すことより、読者が入れる場所を設けることだ。

期待をつくり、違いを見つけてもらう

23:26からの講演を見る

Coxが惹かれる別の図には、似ているはずのものが違って見える、あるいは似た条件なのに結果が変わるという構造がある。わずかな位置や区切りの違いに、大きな結果の差が現れる。その間にある隔たりが、なぜだろうという問いを生む。

ここでの力は、描画の技巧の多さだけから来るのではない。読者がまず、これは同じようになるはずだと予想できること、その予想と観察したものが食い違うことが大切になる。何を比較するかが明確なら、単純な表現でも、考え続けるきっかけをつくれる。

質疑では、世代をまたぐデータの表現をどう探したかも話す。データの独特さは人生の経過にあるので、同じような出発点から、最後には違いが生まれるという構造を活かしたかった。図の形式を先に選ぶのではなく、データで何を際立たせたいのかを考え、スケッチを重ねる。

読者を招き入れる層をつくる

34:28からの講演を見る

複雑な図をどう扱うかという質問に、Coxは入口を増やす考え方を示す。ある人は簡単な計算結果だけ知りたいかもしれない。別の人は、その背後の制度の構造まで探索したい。同じページで、全員が同じ深さまで読む必要はない。

図を瞬時に理解できなければ失敗だと考えることにも疑問を示す。文章を読むにも時間がかかるように、可視化にも、しばらく考えて分かるものがあってよい。ただし、それを言い訳にして、読者が迷う責任をすべて相手へ押しつけるのではない。案内する層をつくるのは、作者の仕事でもある。

36:01からの講演を見る

具体的な手段として語られるのが、注釈と、内容を伝える言葉のあるタイトルだ。自分が学んだことをそのまま読者も瞬時に発見するはずだと期待せず、見る場所や面白い違いを示す。図の外にある言葉が、理解を始める足場になる。

しばらく離れてから自分の図へ戻ることや、小さな画面という制約を使うことにも触れる。以前は分かったつもりの図が、時間を置くと読みにくく見える場合がある。モバイル向けに制限した表現の方が、後まで分かりやすく残ることもあるという。

制作へ持ち帰るための視点

ここからは編集上の考察です。 図のレビューでは、正しい数値か、軸や色が適切かに加えて、作者だけが知っていることは何かを書き出してみたい。調査中に得た背景、模様の理由、比較の意図を知らない人にも、その図への入口があるかを確かめられる。

注釈を増やす前に、どの深さまで読む人を想定するかを考えることも役に立つ。概要を知るだけの人と、自分で探る人に、別の入口を用意する。全体を一度に説明しきろうとするより、見る場所を選べる方が、複雑さを保ったまま近づきやすくなる。

同じものを見せたから同じことが伝わる、とは限らない。Coxの講演は、その違いを諦めるためではなく、図と読者の間を設計するためにある。読み取りの前提を意識し、何が分かり、どこからは別の根拠が必要かを明確にすることも、可視化の制作に含まれる。

出典・関連資料

この記事は非公式の解説です。講演の全文翻訳ではありません。映像と音声で伝えられる作品の表現も、元動画でぜひご覧ください。