EYEO 2022 · Shirley Wu
自分の場所を、小さくしないために — Shirley Wuのデータと表現の転換期
成功した作品が、自分の可能性を広げることも、制作を苦しくすることもある。Webの可視化から身体的な表現へ向かう、Shirley Wuの個人的な物語。
- 登壇者
- Shirley Wu
- 開催年
- 2022
- 講演原題
- TRANSITION: WORK IN PROGRESS
- 記事更新
- 2026.10.17
作品のつくり方を説明する講演で、つくり手自身の話はどのくらい語られるだろう。Shirley Wuは2022年のEyeoで、技術的な課題や解決方法を紹介してきた以前の講演とは違う話をすると告げる。自信をくれた作品、燃え尽きるまで取り組んだ仕事、そして新しい夢へ向かう途中の自分を語るためだ。
題名は「Transition: Work in Progress」。完成したキャリアの成功法則ではなく、次に何をするかまだ分からない状態からの物語である。データを使って外の世界を理解してきたWuが、自分自身の経験も表現の対象にしていく。その変化を、複数の作品から辿る。
周囲に合わせて、自分を小さくしていた
Wuは、中国人の子どもとして日本の地方で育ち、その後アメリカへ移った経験から話を始める。周囲に受け入れられたいという思いと、自分の意見をはっきり言う性格との間には、緊張があったと振り返る。
移住後、一時は自由に話せるようになったと感じたものの、強い意見を述べると威圧的だと受け取られる経験が重なる。やがて、自分の発言を何度も点検し、会議で話すことや、自分の成果をそのまま評価することにためらいを持つようになったという。
この話を、特定の国や文化にいる人全員の経験として一般化することはできない。ここでWuが語るのは、自分がどんな期待を受け取り、それをどう内面化したかである。社会的に受け入れられる小さな箱を、自分でつくっていたという比喩が、講演全体を通して現れる。
作品の成果を、ちょっとしたものだと呼び、同じだけ時間をかければ誰でもできると言ってしまう。その自己評価が変わるきっかけは、技能の習得だけではなく、つくったものが他の人にどう届いたかを知ることだった。
Hamiltonが、誰かの午後につながる
2016年、Wuはソフトウェアエンジニアの仕事から、データ可視化のフリーランスへ進もうとしていた。同じ夏、ミュージカル『Hamilton』を繰り返し聴き、歌詞の言い回し、主題、比喩を調べるようになる。その強い関心が、The Puddingでのビジュアルエッセイにつながった。
作品では、歌詞と登場人物の関係を点などで表し、スクロールに沿って分析した内容を紹介する。最後には、読者が人物や主題を絞り込み、自分でも分析できる仕組みを置いた。作者が見つけた物語を案内する部分と、読者が続きを探索する部分がある。
作品への大きな反応の中で、Wuが長く覚えていたのは、子どもが学校から帰ったら一緒に見たいという母親のメッセージだった。コードを学ぶ動機を与えるだけでなく、自分の作品が、親子が一緒に過ごす時間にもなりうる。そのことが、仕事の意味を具体的に感じさせたという。
評価は、話題になった規模だけで決まるわけではない。誰のどんな時間へ入り込んだのかを知ることで、Wuは自分の制作を小さな趣味として片づけられなくなる。好きな題材を掘り下げることと、他の人に届く仕事をすることが、ここで結びついている。
難しい主題は、専門家と一緒に扱う
次に語られるのは、Nadieh BremerやThe Guardianのチームと取り組んだ、アメリカのホームレスの人々の移送を調べる報道「Bussed Out」である。複数の都市のデータを集め、移動先や支援の状況、都市側の制度を検討する仕事だった。
Wuは、それまで深刻で繊細な主題を一人で扱うことをためらっていたと話す。間違えるのが怖かったからだ。専門家や報道のチームと一緒に取り組む経験が、そうした主題にも関われるという自信につながる。
この話は、本人が勇気を出せば何でも扱えるという結論には向かわない。自分だけでは担えない知識や判断があると認め、協働することが条件になっている。技術が使えることと、その主題を責任を持って扱えることを分けて考えている。
データの中に、夢の制約を見つける
「Legends」は、女性のノーベル賞受賞者を三次元の結晶で表した作品だ。Wuは以前から、指先でスクロールするだけでなく、身体で入って体験するデータの空間に関心があった。しかし二次元のWeb制作を続ける中では、その空間を具体的に想像しづらかったという。
そこで、まずコンピュータ上で三次元の表現をつくり、空間的な制作の入口にした。結晶に近づいて個人の業績を読み、視点を引いて、年代による分布を眺める。男性の受賞者を示す周囲の点との対比も含めて、個人と全体を異なる距離から見られるようにする。
制作の中でWuは、教科書などで女性の業績をあまり見てこなかったことと、自分が大きな仕事を残せると思えなかったことの関係に気づいたと語る。可視化する対象の偏りが、作者自身の可能性の感じ方にもつながっていた。
データは外の世界の不均衡を示すと同時に、自分がどんな前提を受け入れていたかを知る手がかりになる。Wuはこの経験から、幼い頃に抱いてすぐ手放した、アーティストになりたいという夢を思い出していく。
物理的な空間に、存在の明るさをつくる
NYUのITPで学ぶ機会を得たWuは、学生たちと「One Amongst Many」を制作する。計算機の分野で業績を残した女性たちを、それぞれ天井から下がる球として表す物理的なインスタレーションだ。
最初は球の明かりを弱くし、来場者が近づいて手に取り、その人物について読むたびに、少しずつ明るくなるようにした。人が知ろうとする行為が、空間の光へ戻る。忘れられがちな業績を読むことと、その存在が見えるようになることが重なる構成である。
Wuは、いつか自分の仕事もこのように顕彰されるかもしれないと感じた、来場者の話を紹介する。会場へ来た人の反応が、また作者の可能性の感覚を変える。支えられながら未知のものをつくる経験と、その作品を受け取る人の経験が循環している。
この時期、Wuは自分のチームと大きな作品をつくり、多くの人に来てもらうという夢を持つようになる。ただし、それをすぐ自信満々に言えたわけではない。自分には大きすぎるのではないかという疑いと、その夢を自分で止めたくない気持ちの両方が語られる。
意味のある仕事でも、働き続けられるとは限らない
パンデミックで展示や仕事の見通しが失われたとき、Wuは再びデータへ向かう。「People of the Pandemic」は、地域の人口などを背景に、架空の感染性の高い病気と、参加者たちの行動の影響を考える協力型のシミュレーションだった。
大きな集計値を眺めるだけではなく、一人の行動と、他の人の判断がどう組み合わさるかを見たかったと説明する。繊細な主題なので、一人でつくるべきではないと考え、協力を求めたことも、本人にとって大きな変化だった。
ここで紹介されるのは当時の作品と制作の意図であり、現実の感染状況を予測する道具や、現在の行動判断の案内ではない。講演の焦点は、主題への責任を感じながら他の人とつくる経験と、その中でWu自身が何を背負っていたかにある。
Wuは作品を誇りに思う一方、制作中は働きすぎていたとも語る。公開後に、自分がどれほど状況から目をそらすために仕事へ没頭していたかに気づく。その後も過度に働いて消耗することを繰り返し、データ可視化をもう続けたくないと感じるほどになったという。
話は、困難を努力で乗り切ったという成功談へは収まらない。価値を感じる主題、頼りになる仲間、自分の技能があっても、仕事の続け方が苦しくなることはある。成果の説明と、つくった人の状態を分けずに語ることが、この講演の大事な部分になっている。
外の世界を理解する道具を、自分へ向ける
振り返る中でWuは、データや物語への関心が失われたわけではなく、Web制作の細かな対応に疲れ、新しいことを学びたかったのだと捉え直す。そして、以前支えられたITPへ、大学院生として戻ることを選ぶ。
「transition:wonder」では、自分が数年間に撮った写真を使い、外の世界との関係を表す。家からの距離に応じて点を配置し、外へ出かけていた時期と、写真が少なくなる時期を見せる。さらに水滴による像の歪みを使い、データの配置だけでは表しにくい感覚を加える。
Wuは、反アジア人の暴力への恐れから、外で周囲を見上げる喜びが失われた経験を語る。一方で、映像が以前の時期へ戻り、点が再び動く瞬間は、自分にも変化の可能性を感じさせたという。過去の記録が、失ったものの証拠だけではなく、別の時間を想像する材料にもなる。
以前は作品から自分を取り除き、公平に伝えようとしていた。今度は、自分の見方や感情を意識的に含める。その違いを確かめることが、データを使う実践を手放さずに、表現の方向を変える方法になっている。
制作へ持ち帰るための視点
ここからは編集上の考察です。 この講演を、燃え尽きから回復する一般的な手順として読むことはできない。むしろ、同じ制作の経歴を語るときにも、成果だけでなく、その仕事が自分の可能性や負担をどう変えたかを含められると教えてくれる。
表現の形式を変えることも、データの仕事をやめることと同じではない。Webから空間へ、説明から個人的な表現へと移る中で、Wuは観察やデータを扱う技能を使い直している。得意な出力形式と、続けて大切にしたい関心を、一度分けて考えられる。
そして、他の人に届いた小さな場面を覚えておくこと。親子の午後や、展示を見た人の一言は、作品の指標には収まりにくいが、作者にとっての意味を支えた。まだ次の形を知らない状態でも、その記憶から制作を考え続ける余地がある。